「二次会は船、ですか?」
よく花火大会なんかで、ビール飲み放題の屋形船みたいのを見るけど、そういうのか。
「屋形船じゃなくて、ちゃんとしたやつ。」
鷲尾の友達が船を貸し切りにして二次会をやったことがあるのだ。夜の横浜はベイブリッジや海ほたるなど、結構きれいだった。と言いつつ、飲み食いばかりで外は余り見てなかったけど。
「そんなの、今から間に合うんですか。」
「問い合わせたら、OKだって。」
結婚が決まれば善は急げだ。嫌がる上司をなんとか説き伏せて仲人を依頼。式の日取りを決め、式場を予約。結納も、一番早い大安の日曜日に決める。二次会の船ももちろん予約。自分のやりたいことはどんどん進める鷲尾だった。
幾久しく…。暦の上では春、まだまだ寒い日、ホテルの一室では結納の儀が厳かに行われていた。俺、こういうのダメなんだよ。星野の父親は結納のセリフを覚えながら、つぶやいていたらしい。
そして時は流れ、鷲尾と星野の結婚式、披露宴の日となる。それまでに招待者の選定、招待状の発送、出席者の確認。司会者と打ち合わせをして披露宴の演出を決定。教会との打ち合わせも忘れてはいけない。二次会の司会を頼み、船の下見、ビンゴの景品の買い出し。引き出物にオリジナルのテレホンカードを渡すぞと、デザイン、発注。席次表もオリジナル。そこに至るまで、毎日が嵐のようであった。
結婚式で傑作だったのは指輪の交換だ。新郎から新婦へは何事もなかった。ところが、新婦から新郎。鷲尾の指がデブってしまっていて、指輪が上手くはまらなかったのだ。薬指の爪の辺りにちょこんと乗っかる結婚指輪。なくすなよ。早速、サイズを直さないといけないな。
披露宴は、伝統を守りながらも、自分たちのやりたいようにやる。式場の思惑に乗せられて、ゴンドラで降りてくるなんて恥ずかしいことはしない。その代わりと言っては何だが、ビデオカメラを片手に、出席者にお酌して回る新郎新婦であった。もっとも、ゴンドラに乗らなかったのは、その式場にゴンドラがなかったからかも知れない。
「本日はお忙しい中、私達の結婚披露宴においで下さいました皆様、ありがとうございます。また、私達のやりたいようにやらせて下さった両親に感謝します。これから、二人で力を合わせて進んで参りますので、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
最後の挨拶も済み、何だか訳分からないうちに披露宴も終わってしまった。
「全然食べれなかったな。」
「ほんと。」
「しょうがない、二次会で食べるか。」
「食べてる暇ないよ。」
それではコーヒーを飲んで一休みしよう。ホテルの中の喫茶店に行くと、そこには友人がいたので盛り上がってしまった。
二次会は山手の港から船だ。山手まで行く途中、駅の売店でおにぎりとパンを買い、電車の中で食べる。ああ、やっとまともに物食べれたよ。
電車を降りてぷかぷか桟橋へ向かおうとすると、パトカーがビュンビュン走っていく。何だ、大事件発生か?パトカーを気にしつつも、心は二次会に向かっている。
「今日は風、大丈夫かな。」
「下見の時よりは弱いから、平気じゃない。」
鷲尾と星野の関係が進んでいき、結婚に至ったように、有田の交通違反の捜査の手も広がっていた。過去の違反歴を調べていると、データに不審な点を発見。以前に賄賂を使ってもみ消した違反が発覚したのだ。こいつは悪質だ。S県警は内偵を進め、有田の逮捕状を取っていた。
二台のパトカーが、銀杏坂の職業訓練校に到着。
「有田すみれさんですね。」
「はい。」
「贈賄、文書偽造、並びに道路交通法違反の容疑で逮捕する。」
「えー、何すんのよ。」
有田は逃げ出そうと暴れ始める。
「こら、押さえろ。」
何人もの警官に取り押さえられる。ガチャ。手錠をかけられ、パトカーへ。ファンファンファン。サイレンを鳴らし、パトカーは去っていく。刑事ドラマなら犯人逮捕で一件落着と言うところだ。
「私、何にも悪くないのに。ギャーッ。」
「こら、大人しくしなさい。」
「弁護士を呼びなさいよ。」
パトカーに乗せられた後も、有田は叫んでいた。
港に着くと、招待客はボチボチ集まっていた。
「よう、おめでとう。」
「おう、ようこそ。」
「きれいな嫁さんだな。」
「ありがとう。」
それから、二時間の船旅が始まった。人生の船出に正にふさわしい二次会だった。船上で新たな恋が生まれたかどうかは知らない。
二次会を終え、更に仲間と過ごした後、式場のあるホテルへ戻る。駅からホテルまではタクシーに乗る。カーラジオからニュースが流れている。
『S県警は悪質な交通違反で百三十五人を逮捕しました。ほとんどが度重なる呼び出しに応じなかった違反者で、捕まった容疑者は、こんなことで逮捕されるのかと、衝撃を受けていました。また、警察官に賄賂を贈った上、照会センターのデータを改竄させた有田すみれ容疑者を、贈賄、文書偽造等の疑いで逮捕しました。同時に、データ改竄に関わった警察官二名を逮捕し、懲戒免職としました。次のニュースです…。』
「交通違反で逮捕か。」
「ひょっとして、アリスちゃんかな。」
「だといいね。」
有田が逮捕されたというのに、そんなことを全然聴いていない二人。
思えばこの一年、色々あったなあ。有田に出会い、有田と別れ。そして星野との出会い。妨害電話なんかより、何が強いって、やっぱり愛だよ。
『信じることさ必ず最後に愛は勝つ』鷲尾の頭の中ではKANの歌がグルグルと回っていた。
完
(C)1998,1999,2000 江戸仕草