メビウスの輪
 星 期一


12.墓前報告

「ところで山沢さん。」
野馬が新聞を差し出す。
「この記事、すごくないですか。」
「どれどれ。おう、これは。」
S県警 異例の再捜査
 昨年十一月に女子高生がマンションから転落死した事故で、転落の直前に言い争うような声がしていたのを周辺住民が警察に通報していたことが分かった。届けを受けた警察官はそれを放置したまま、事故を自殺として処理していた。調べが進まないのを不審に思った住民が問い合わせてこのことが発覚した。警察官の不祥事も多発していることから、異例の再捜査をすることになった。
 野馬から渡された新聞を、山沢と原田はさらさらと読んだ。山沢が
「これ、普通の新聞ですよね。」
「スポーツ紙でも夕刊紙でもないよ。」
と野馬が答えたのに対し、原田が
「これ、警官が犯人ってことですか?」
「どこにそんなこと書いているんすか?」
そんなことは一言も書いてないぞ。
「でも、音楽隊の殺人もあったし。」
 どこの警察にも汚職をやる奴はいるだろう。中には職権乱用で、押収した覚醒剤を自分で打つ奴、証拠品の中にあった写真をネタに被害者の女性を脅迫する奴もいた。更には、人気のないビルで婦女暴行を繰り返す奴。しまいには県警音楽隊の婦人警官を刺殺する奴まで出てきた。
「そう考えると、警官が犯人ってのもありか。」
「原田君、冴えてる。そこまで考えなかった。」
「俺らの推理も大したことなかったな。」
警官犯人説は置いといて、突如いなくなったジイさん、この間捕まったストーカー野郎、こいつらも何か関係してたのではないだろうか。
「正司の件も再捜査するのかなあ。」
「いや、火事で忙しいんじゃない。」
「あのビル、コスモスペースの近くだ。」
 三人はコスモスペースのあるビルの方に向かう。
「山沢さん、コスモスペースの調査とかいって、そこのビルに行ってたんじゃないんすか?」
野馬が指さしたのは、飲食店の営業許可しかないのに風俗店をやっていて火災で多くの犠牲者を出したという店のあったビル。外装もきれいに塗り替えられ、もう火災の痕跡はなかった。
「俺は行ってないよ。」
「たいやきくんが好きそうだね。」
 次のブロックを曲がるとコスモスペースだ。ところが、そこには多くの警官が陣取っていた。
「遂に突入だ。」原田が騒ぐ。
 どうせ何もしないだろうという予想を裏切り、警察はコスモスペースに踏み込んだ。もっとも、警察は正司の事件とは関係なしに踏み込んだのであったが。警察の調べによると、ミイラ化した死体や白骨がゴロゴロしていた。ホームページで公開されていたのと全く同じ、そのままの光景であった。
「これで何かあったら、警察に呼び出しかな。」
正司の事件に関係することが分かれば、山沢も呼ばれるのだろう。とりあえず、家に帰る。
 テレビを着けると、コスモスペースの話題ばかりだった。ビルの中が映し出される。あ、あのジイさんだ。動かないところを見ると死んでしまったのか。当たり屋をやって失敗し、コスモスペースで治療も受けられずに死んでしまうなんて。定説によると、この人はまだ死んでいないって?お前は既に死んでいる。ケンシロウの世界だよ。
「ジイさん、映ってますね。」
野馬から早速電話がある。
「まったく、犯人だったかもしれないのに。」
 竹崎の調査も改めて行われた。象の鼻、コスモスペースで、竹崎は色々な薬を入手していた。殺すつもりではないにしろ、それを正司に飲ませたのは事実だった。風邪が早く治るように強めの薬を渡した。別に睡眠薬を飲ませた訳ではない。結果としてそれが事故につながった訳である。
 結局、正司の死に直接関わっていたのは大学のサークルにいた竹崎であった。それも、竹崎なりに良かれと思ってしたことであったという。
「どうして死んじゃったんだ。」
竹崎がJA職員を凍死させた件で取り調べ中に吐いたという言葉。どうしてって、お前がいけないんだろうが。
 山沢、野馬、原田はクローバー電器へ集まった。
「結局、今までの探偵ゴッコは何だったんだ。」
山沢がつぶやく。最終的に『象の鼻』や『コスモスペース』の奴らは捕まったけど、奴らが直接に正司を殺した訳ではなかった。それに、奴らの逮捕も自分たちの活動とは全く関係なかったし。
「山ちゃん、それは違うな。」
クローバー電器の社長が遮る。
「そりゃ、お前らが誰を捕まえた訳でもない。けど、山ちゃんの弟が殺されたんじゃないって分かったんだ。」
納得のいかない始まり、そして結末も。出来の悪いサスペンスドラマのようだ。
「これで正司も成仏できますね。」と原田。
「そうだな。」
原田の言う通りかもしれない。殺されたのか、自殺したのか、事故なのか、それがはっきりしたんだ、正司もこれで成仏できるだろう。
 正司が死んで一年、一周忌の法要が執り行われる。一年という日が過ぎ、野馬、原田の他に、たいやきくん、だんご3兄弟、信濃などが顔を出す。
「今日も、会社の人は全然来てませんね。」
アルバイトの一周忌にまで顔を見せる人はいなかったが、江頭からは電報が届いていた。
「さあ、始まるから中に入ろう。」
「あれ、神乃が来てないぞ。」信濃。
野馬が応える。
「遅れるって電話あった。寝坊じゃない。」
 本堂での読経が済み、最後に寺の墓で手を合わせる。墓石のバックには澄み切った青空と富士山が見える。野馬が
「正司さんの分まで生きてやって下さいよ。」
「そうだな。」と山沢は応える。
ゴーン。鐘が響き渡った。
   完      (C)二〇〇一 星 期一

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