メビウスの輪
 星 期一


11.攻防

 あのオヤジ、というかジジイ、実行犯ではないかも知れないが、関係あるぞ。警察に届けるか、などと話しながら山沢のマンションへ向かう。
「今晩は、警察ですが。」
暗闇の向こうから警官が近づいてくる。よく見ると、正司が死んだ時に最初に駆けつけた警官だ。
「何だ、お巡りさんですか。」
「捜査の邪魔は止めて下さい。」
「え、何ですか。」
「あの男は我々の方でマークしています。」
やはり、あのオヤジが犯人なのか。
「これは失礼しました。」
山沢は素直に謝る。警察に届けるまでもなかった。
「では、後は我々に任せて下さい。」
警官は男のアパートの方へ歩いていった。
 警官が見えなくなるとすぐ、野馬が
「警察があてにならないから、こうやって俺達が調べてるんじゃないか。」
そうは言っても、しばらくは様子を見ることにして、山沢、原田、野馬は別れた。
 キーッ、ドーン。山沢が家に帰って一時間くらい経った頃だろうか。急ブレーキの音と、車が何かに当たったような音がした。交通事故か。痛ぇー! 男の悲鳴も聞こえてくる。そのうち救急車が来るだろう。
 それから二十分経っても救急車のサイレンが聞こえない。どうしたのか。山沢は表に出てみた。
「痛ぇー。」
声のする方へ行くと、男が倒れている。
「大丈夫ですか。」
と声を掛けた山沢。
「え。」
倒れていたのは、さっき会ったばかりの、警察もマークしている男だった。
「助けてくれー。」
「待ってて、すぐ一一九番しますから。」
すると、少し離れた所から声がする。
「大丈夫ですよ、さっき一一九番しました。」
 程なくして、ようやく救急車が到着。時を同じくして、近所の交番からバイクの警官も駆けつける。さっき声を掛けてきた警官だ。またお前かよとでも言いそうな、うんざりした顔をしている。
 救急隊員が男を救急車へ運び込もうとすると
「お巡りさん、助けて下さい。」
男が警官に懇願する。
「どうしました。」
「あいつらが襲ってくるんです。」
「お願いしますよ。」
救急隊員も警官もそれには応えず、男は救急車に乗せられた。ピーポーピーポー。救急車は病院へ向かって出発した。
それと入れ替わりに、パトカーが到着。
「連絡をくれたのはどちらですか。」
現場に残った警官が山沢と一一九番した人に訊く。
「私です。」
一一九番した人と警官が話し始めたので、山沢は家へ帰った。
 二人目の犠牲者なのか。遺留品はないし、他に証拠もない。象の鼻とコスモスペースがどう考えても怪しいんだけどな。その両方に関連してるジイさんが急に車にひかれるなんて。ここは、サーバーに忍び込むしかないな。
 次の日、山沢はインターネットカフェへ行った。象の鼻のサーバーにアクセス。IPアドレスは分かってるから、あとはそこから攻めていこう。Webサーバーソフトの種類は…。おう、間抜けな野郎め、随分古いバージョンだ。これはハッカーさん、いらっしゃいって言ってるようなものだぜ。
 まんまと象の鼻のコンピューターシステムに入り込むことができた。色んなファイルがあるぞ。このファイルが怪しいな。ファイルの中身を見てみる。やっぱり。そこにはコスモスペースの資料もあった。なるほど、象の鼻とコスモスペース、こいつらグルになってやがる。関係ありそうなファイルをダウンロードすると、侵入した形跡を消す。警察へそのファイルを転送すると、インターネットカフェを後にした。
 象の鼻とコスモスペースが一体であることは分かったが、正司の死に関しては特に資料は見つからなかった。強いて挙げれば、正司の大学時代の友人、竹崎の名があったことぐらいか。
 ジイさんにもう一度会ってみるか。といっても、どこの病院にいるのか。警察に訊くとうるさそうなので、とりあえず市立病院に電話する。
「もしもし、昨日交通事故で老人が運ばれていませんか。」
「ご家族の方ですか。」
「はあ、家族ではなくて、親戚ですが。」
ジイさんは市立病院に入院していた。親戚を装って、部屋番号を教えてもらった。
 翌日、会社の帰りに市立病院へ寄り、教えられた病室へ。ところが、ジイさんの姿は見えない。病室の名札を見ても、ジイさんの名前はない。
「あのう、一昨日交通事故で入院した…。」
通りかかった看護婦に尋ねる。
「ああ、今日退院しました。」
二日で退院か。かなり痛そうにしてたのに、怪我はなかったのか。それとも、入院費が払えそうもないから帰ったか。借金に追われている身だし。あるいは当たりやなのか。
 市立病院を出て、ジイさんのアパートへ。ところが、ジイさんは部屋をを引き払っていた。
 ジイさんのアパートを出ると、外には三人組の男がいた。以前、ジイさんの部屋にいたコスモスペースの奴らのようだ。
「おい。」
一人が山沢に声を掛ける。いきなり『おい』とは失礼な奴らだ。
「何だい。」
「俺達は象の鼻の者だ。」
この間はコスモスペースと言っておきながら、今度は象の鼻か。
「あのジイさん、知らねえか。」
知る訳ないだろ、来てみればもぬけの空だぞ。
「知らないよ、こっちが訊きたいよ。」
「そうかい、それじゃあな。」
コスモスペースと象の鼻で抗争でもあったのか。
   つづく    (C)二〇〇一 星 期一

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