「どうも、今晩は。川下です。」
川下と名刺交換。川下の名刺には、電話番号、携帯番号の他に、電子メールアドレスも載っている。
「この電話番号、私専用の番号ですから。」
家の電話、ISDNなんですよ。一回線で電話とファックスが使えるし、インターネットもアナログ回線と違って高速。電話番号も、専用のが持てるし。川下はひとしきりウンチクを傾ける。
「はあ、そうですか。詳しいですね。」
コンピュータ関連の仕事をしている山沢、そんなことはよく知っているが、敬意を払っておいた。
山沢が豊田に名刺を渡すと、
「あ、私、名刺切らしてますので。」
身元を明らかにしない点が、怪しいかもしれない。
「じゃあ、連絡先教えてくれますか。」
「何か書く物、ありますか。」
アドレス帳に住所と電話番号を書いてもらう。本当に名刺を切らしていただけのようだ。
「山沢さんも何か歌いませんか。」
「そうだなあ。」
一時間程カラオケにつきあい、お開きとなる。
「それじゃ、また。」
川下、豊田と別れ、また野馬と二人になる。
「何か、みんな勝手に歌ってたね。」
「そうですよ、みんな。」
「でも、だんご3兄弟さんとたいやきくん、鉄道の話ばっかりしてましたよ。」
「少し、オタクが入ってますね、あの二人。」
「仲、いいんですか。」
野馬はそれには答えずに
「だんごの方は、ちょっとね。」
クラブの有力女性メンバー、赤松こずえ。川下はそいつにつきまとっているらしい。
「ネットストーカーってやつですかね。」
次の日、山沢は川下のホームページを探してみた。ホームページを開いてるって自慢するなら、名刺にアドレスも書いといて欲しいところだ。
検索してみると、だんご3兄弟は沢山出てくる。あ、これだこれ。『ミホと鉄道』、これに違いない。見てみると、それは川下のホームページであった。何だ、この『悪魔の梢』ってのは。
そのページを見ようとして、マウスをクリックすると『パスワードを入力して下さい』の表示。え?パスワードだって?そこを見るのはあきらめ、他を見る。ミホや鉄道の情報があるは予想通り。怪しいのはピラミッドパワーだった。
川下に電話をして訊いてみる。
「ピラミッドパワーって何ですか。」
「それは、コスモスペースです。」
ピラミッドパワーでミイラが生き返るって、あの自己啓発セミナーかよ。結構自殺する奴もいるらしいし、ミイラにしろ熱風呂にしろ殺人じゃないか。正司も病気が治るとか言われたのか。
「もしかして、川下さん、信じてるんですか。」
「まさか。今、話題になってるから、ちょっと知ってることを書いただけですよ。」
直接関係ある訳ではないのか。一安心。
「ところで、悪魔の梢、パスワードが要るの?」
「あれ、まだ完成してませんから。パスワードに何を入力したって『工事中』しか出ません。」
別に秘密の内容が書いてあるのではなさそうだ。
電話が終わると、母親が慌てている。
「これ、仏像が、ここに。」
正司の机の扉の中に、仏像が入っていた。
「これ、日蓮真宗検討会のか?」
「井戸君が持ってきたのかねえ。」
「そうかも知んない。」
クラブの人間に気を取られていたが、家の中の整理は全然していなかった。仏像なら井戸と関係あるに違いない。もちろん、それが正司の死と関係あるかどうかは分からないが。
山沢はその仏像を持って、井戸の所に行った。
「こないだはどうも。」井戸が対応する。
「ところで、早速なんだけど。」
山沢は持ってきた仏像を井戸に見せる。
「これ、井戸君が正司にくれたの?」
「え、これ、何ですか。」
日蓮真宗検討会のご本尊は仏像ではない。逆に、仏像を拝むのは謗法といって、してはいけないこと。そんなことしてるから、正司は死んだのだ。山沢も供養のために入信すべきだ。井戸の口調には力がこもっていた。
ところで、正司が死んだこと、誰から聞いたのか。その頃、検討会の集まりで本部の会館に泊まり込み。休憩時間に携帯の留守電を聞いたら、原田からの伝言が入っていた。泊まり込みだったから、葬式にも顔を出さなかった。と言っても、他の宗教の葬式には決して顔を出さない検討会だ。
井戸とは関係ないことが分かったが、それではこの仏像は何なのだろう。今度は原田の所に行く。
「原田君、この仏像、井戸君とは関係ないんだけど、何だか分かる?」
「ひょっとして、この仏像じゃないですか。」
原田は読んでいた週刊誌の裏表紙を指す。
「これですよ。」
「え、願いが叶う仏像?」
恋人ができるペンダントとか、その類のようだ。
「何だ、井戸ちゃんかと思ってたよ。」
「違いますよ。井戸ちゃん、こんなのダメだって怒ってたでしょう。」
「よく分かるなあ。」
正司の仏像は、単なる開運グッズであった。
山沢は再び川下のホームページを見る。何か手がかりになるものはないかな。そうだ、掲示板だ。掲示板のタイトルをざっとながめてみる。
『ネットストーカーに気をつけよう』
『初めて書き込みします』
『ミホ結婚おめでとう』
書き込みが色々あるな。その中で目を引くもの。
『山沢さんとY2K問題』早速、本文を開く。
『突然のことで、大変驚きました。ご冥福をお祈りします。山沢さんの死は、Y2K問題と関連しているかもしれません。詳しいことは元旦になれば分かります。インターネット一一〇番。たいやきくんより。』
おいおい、Y2Kって、正司が死んだのは二千年じゃないぞ。どういうこっちゃ。
つづく (C)二〇〇〇 星 期一