数日して、事情聴取のため再び警察へ呼ばれた。千九百年代の事件は千九百年代のうちに解決したいということか。そんなに急がないで、じっくり捜査してくれよ。それより、グリコ・森永事件はどうなったんだ。とりあえず、山沢は警察へ行く。警察は自殺の線で結論づけようとしていた。
家に帰ると、正司の携帯電話の請求書が来ている。あれ、二通来てるぞ。中を見ると、片方は領収書だけで請求書は入っていない。もう片方は逆に領収書がなく、請求書だけだ。もっとよく見てみると、両方の電話番号が違っている。
「そうか、新規だ。」
正司は携帯をCdmaOneに変えたと言っていたが、機種変更ではなく、古いのを解約して新規加入したようだ。メモリーの内容も消えてたのではなく、解約したので新しい方に移せなかっただけのこと。新しいのを買ってすぐ風邪で寝込んでしまい、入力している間もなかったのだろう。
「考えてみれば、別に怪しくもなかったなあ。」
古い方の携帯を調べてみると、メモリーの内容は百件以上ちゃんと残っていた。
そして新年を迎えた。停電もしないし、飛行機事故が起きた様子もない。電話やインターネットがつながり難くなるのは毎年のこと。二〇〇〇年問題は何事もなく、無事だったのか。ところで、たいやきくんが言ってたY2K、年が明けた今、何が分かるのだろうか。
郵便配達が動き出し、年賀状が配られる。正司が死んで喪中だというのに、何通か来ている。山沢宛のものが二通。あ、こいつには喪中の葉書出してなかった。こいつはちゃんと送ったのになあ。
山沢や家族宛のものはまあいいとして、正司宛に三通来ている。正司が死んだことを知らないのか。篠原って奴は合宿がどうのこうのと書いてるから、大学の友人だろう。もう一通は旅先で知り合った人のようだ。最後の一通、差出人が書いてない。怪しいけれども、単なる書き忘れだろう。
大学の友人と思しき篠原に、早速電話してみる。
「はい、篠原です。」
「もしもし、山沢正司の兄の清司と申します。」
突然電話がかかってきて、篠原は驚いた様子。
「篠原さん、正司の大学の時の友達ですよね。」
「ええ、そうですけど。」
「実は、正司は去年の秋に亡くなりました。」
一瞬の沈黙の後、相手は。
「え、マジっすか。」またしばし経って
「それは、ご愁傷様です。」
山沢は簡単にいきさつを話すと、大学での様子を訊いてみた。
「友人関係のトラブルとかはなかったですよ。」
「ああ、そうですか。」
授業の様子では、心理学が面白くて、その実習で張り切ってたのが印象に残っているけど。
「あと、サークルの竹崎がちょっと。」
「誰ですか、」
「ああ、イーストクラブってサークル入ってたんですけど、そこの会長です。」
イーストクラブは人気ナンバーワンのサークル。会員数も多くて、合コンなどもよくやっていた。
「サークル自体はいいんですけどね。」
会長の竹崎の評判は悪かったようだ。
「イベントとかやるでしょう。会費、前払いで、キャンセルしても全額没収なんですよ。」
没収したお金は、サークルと関係なしに竹崎の懐に入ってしまう。合コンをやれば好みの娘とツーショットになるようにセッティングする。竹崎のやりたい放題だったらしい。
「竹崎がいても、何でサークルは人気あるの。」
「他はいい奴ばっかだし、やっぱ楽しいし。」
竹崎という奴は、周りの奴らからかなりひんしゅくを買っている。そう言えば、正司もサークルのことで文句言ってたことがあったな。けど、トラブルという程ではなさそうだし。
「竹崎の奴、『象の鼻』にも入ってたんですけど、それ、関係ありますかね。」
象の鼻とは、コスモスペースと共に世間を賑わした、いかがわしい宗教団体だ。正司が関係していたのか。詳しく訊こうとすると、ガチャという音が聞こえる。
「あ、済みません、キャッチ入ったから。」
篠原のところに電話がかかってきたようだ。
「そうですか、じゃ、また連絡します。」
山沢は電話を切った。象の鼻なんか、モロ怪しい。検討会何かの比じゃない。他の葉書を見るが、手がかりとなるようなものは特になかった。
再び、川下のホームページを見る。たこやきくん、その後、詳しいことを書いてないかな。
『Y2K問題の続き』お、あったぞ。
『去年はノストラダムスの大予言も結局当たらなかったけど、本当のY2K問題は、コンピューターの誤動作ではなくて、世紀末状態のこと。そんなことを主張するグループがあります。コスモスペースとは別のところです。詳しいことは次のホームページに書いてあります。たいやきくん』
これだな。そこのページを見てみると、
『ようこそ、象の鼻へ』
やべー、ここ、象の鼻のページだよ。たいやきくん、象の鼻に入ってるのかよ。正司の大学にもあったって言うし。
山沢は数年前のことを思いだしていた。駅前で自己啓発セミナーの勧誘をやっていた。説明会は毎週土曜日にやっていて、参加費は無料。それでは行ってみようかと参加券を受け取ると、そこには恐いことが書いてあった。
「このチケットを受け取ったあなた、あなたは今までいいかげんな約束をしてきていませんか。あなたが説明会に来ない、それはあなたが死んだ時だけです。」
まるで、来なかったら殺すよ、といっているようなものだ。山沢はそれを見て、書いてあることが恐いからと、そのチケットを返した。すると、
「このセミナーやらないんだったら、お前なんか死んじまえ。」と叫び、山沢を勧誘した奴はどこかへ行ってしまった。そのセミナーをやっていたのは「象の鼻」の前身の総理教。正司はあんなのに関わっちゃったのかなあ。
山沢は正司の通っていた大学へ向かった。
つづく (C)二〇〇〇 星 期一