不思議の国の有田
江戸仕草


第3回 バイアグラ

「作り方言うから、その通りにやってね。」
 スーパーの閉店間際に材料を買ってきた二人は、これからすいとんに挑戦。
 じゃがいも、にんじん、ごぼう、皮をむいて切り刻む。団子は片栗粉をこねて、耳たぶの硬さ。砂糖と醤油とみりんの割合はどうだっけ。味噌はたっぷり。肉も忘れずに。
 悪戦苦闘の末、ようやく出来上がった。
「いただきます。」
「召し上がれ。」
一口してみて、鷲尾は思わず
「ううっ。」
鷲尾の目には涙が浮かんでいる。
「どうしたの、美味しい?」
「うん…。」
 有田の作ったすいとんは、混じりけのない本物のすいとんとでも言おう。戦中、戦後のすいとんの味を間違いなく再現していたのだ。涙が出るほど美味いというか、不味いというか…。
 食事は早々に切り上げ、鷲尾は有田を送る。
「これから夜ドラだ。」
「何、それ?」
「夜のドライブってこと。」
門前街道を走らせて有田の住む山手へ。
「ねえ、アリス。将来の夢とかある?」
会って間もないが、訊いてみる。
「そうねえ、財閥になりたいな。」
「は?」
「それじゃ、お姫様になりたい。」
「どういうことだよ、それ。」
「お姫様なんて、バカみたいでしょ。」
「いや、そんなこと。」
「お姫様って綺麗な格好して、美味しいもの食べて、何でもできるでしょ。」
「そうねえ。」
「つまり、財閥って言うか、大金持ちよ。」
「そうか。」
「鷲尾さんはどうなのよ。」
「俺の夢はね、幸せになることだよ。」
「幸せ? やっぱり、お金持ち?」
「いや、楽しい毎日を送れればそれでいいさ。」
 有田と出会ってから、鷲尾は毎日が楽しくてしょうがない。このままつきあって、結婚か。
「今日は楽しかった。ありがとう。」
「そうね。ガソリンとか色々あったけど。」
「いやあ、参ったなあ。」
「それじゃ、またね。」
「じゃあね、アリス。」
 別れるときは泣きそうだったのに、有田との毎日を想像するだけでニヤケる鷲尾であった。
 次の日も恒例の深夜の電話。しばらく喋っていると、有田が突然、
「今から行ってもいい?」
「え、今から?」
「だって会いたいんだもん。」
「今から来て、何すんの?」
「こんな時間に行ってすることって言ったら、決まってるじゃない。」
「もう、寝なくちゃ。」
「一緒に寝ようよ。」
「分かった。じゃあ、来なよ。」
四十分くらいすると、有田はやって来た。
「彼氏と別れたばかりなの。」
有田は唐突にそう言うと、呆然と立ちつくす。アリス。鷲尾は有田を抱き締める。
 一分くらいそうしていたろうか。
「いつまでこんなことやってんのよ。」
鷲尾は驚いて有田から離れた。
「早く布団敷いてよ。」
一つは部屋に、もう一つは台所に敷く。
「じゃ、俺、台所で寝るよ。」
「おやすみなさい。」
さあ、そろそろ眠りに就くぞという頃、
「鷲尾さん、何にもしないの?」
有田は鷲尾の布団に潜り込んでくる。
「アリス…。」
「鷲尾さん。」
抱き合う二人。フェロモンもホルモンもそこら中に充満している。悶々。カモン。
「ねえ、コンドーム、あるよね。」
「うん。」
 出会って六日目、鷲尾は有田の中に初めて入っていった。
「ああ、いい。」
「いいわ。」
しばしの戯れの後、鷲尾がうめく。
「ううっ。」
「ちょっと、何よ〜!」
満足顔の鷲尾に対し、怒りの有田。
「早過ぎるんじゃない!」
「せっかく、抱いてもらおうと思ったのに。」
何も言い返せない鷲尾である。
「前の彼氏なんか、すごかったんだから。」
なら、何で別れたんだよ。そいつに可愛がってもらえばいいじゃないか。
「早漏!」
それじゃ二回戦だ。有田は鷲尾をさすり始める。
「全然勃たないじゃない!」
今やったばかりだぞ。思春期の青少年じゃあるまいし、そうそう勃つはずがない。
 三十秒くらいしごいて、ようやく形になる。今度は有田が上だ。しかし、有田の花園に触れたとたん、鷲尾自身は萎んでしまった。
「この、インポ!」
アリスお姫様を満足させなければ。鷲尾はペロペロ、グチュグチュと有田に尽くす。
「前の彼氏なんか、何回もいかせてくれたよ。」
 前の彼氏とやらは弁護士で文武両道、おまけにお金持ち。奥さん、子供がいなければ最高だったのに、だって。それって、不倫じゃんか。問い質してみたかったが、また何を言われるか分かったものじゃない。有田への奉仕が済んだ後も頭がぐちゃぐちゃで、鷲尾は一晩中、ほとんど眠ることができなかった。
 夜が明けると、有田は帰り支度。
「バイアグラでも飲みなさい!」
有田は捨て台詞を残して帰って行った。

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