不思議の国の有田
江戸仕草


第6回 悪徳弁護士

 それからも、有田は度々やって来る。
 ある日の夜十一時頃、鷲尾が帰ろうとしていると携帯のベルが鳴る。
「もしもし、私。今から行くから。」
 鷲尾が家に着くと、ほどなく有田は現れる。
「今日、美容院で、超むかついた。」
「どうしたの。」
「髪、ちゃんとしてくれないんだもん。」
有田の髪型は、ちょっと見、広末涼子。別におかしくはないぞ。
「何回やり直しても変で、怒鳴っちゃった。」
「そう。」
「最後は、お金はいらないから帰れって。」
「ひどいね。」鷲尾はつぶやく。
お客に帰れとは何事だ。ところが有田は
「何よ、この髪がひどいって言うの!」
美容院のことを言ったのが、勘違いされる。
「え、ち、違うよ。」
「せっかく鷲尾さんのために美容院行ったのに。前の彼氏だったら、素敵だよって言うよ。」
「広末涼子みたいで、かわいいよ。」
「誰、広末って? 鷲尾さんの彼女?」
広末涼子も知らないのか。
「広末って、早稲田に推薦で…。」
六時間にも渡って何回もやり直しさせた末、金も払わず帰ってくる有田もひどいと思うが。
 別の日の真夜中の十二時、鷲尾が帰って一息ついていると有田からの電話だ。
「もしもし、鷲尾さん。」
「アリス、どうしたの、一体。」
「あのね、緊急事態なの。今から行くから。」
一体何事かと訝りながらも、緊急とのことで鷲尾も仕方なく承諾する。やがて有田は現れた。
「ねえ、これから、少し出かけない?」
「今から? 家の人は何も言わないの?」
「だから、それが緊急事態なの。」
 鷲尾と有田は部屋を出て、エレベーターを呼ぶ。エレベーターに乗り込む直前、有田は前の家の呼び鈴を押す。ピンポンダッシュだ。
「おい、何やってんだよ。」
「早く、エレベーター乗って。」
二人は見つかる前にエレベーターに乗り込めた。
「アリス、ゴミ捨てちゃだめだよ。」
「捨ててないよ。」
有田はガムの包みをエレベーターの中に捨てていた。鷲尾は黙って有田の捨てたゴミを拾う。
「じゃあ、そこのゴミみんな拾いなさいよ。」
建物から出て、鷲尾は、駐車場の周りに落ちている吸い殻や空き缶を拾い始める。
「もう、いいから、行こう。」
 有田は鷲尾の手を引き、二人は車に乗った。鷲尾の車に乗ると、山手方面へと進める。有田は車の窓からもゴミを外に捨てていた。
「ところで、緊急事態って、何だい。」
「そうそう、聞いてよ。もう、私のお母さんったら、頭来ちゃうんだから。」
 お母さんと喧嘩して、家、出てきちゃった。電話代が高過ぎるって叱られたんだもん。電話代なんか、親が払うの当然でしょ。
 たかが親子喧嘩、そのどこが緊急事態なのか。有田は昔、鬱病だか神経症だか、精神を病んで医者にかかったことがある。親と喧嘩した時、有田の投げつけた灰皿がテレビのブラウン管に命中してテレビが爆発。自分でガラス戸を蹴飛ばして、割れたガラスで大怪我して一ヶ月の入院。有田の親子喧嘩とは、救急車を呼んだり警察沙汰となったりの緊急事態なのだ。今回はそうなる前に、家を出てきたようだが。
 今までにつきあってきた彼氏も、肋骨を折った奴、火傷をした奴、みんな大変だったとのこと。そんな怖い奴だったのか。鷲尾は自分は無事で何よりと、ホッと胸をなで下ろすのだった。
 明け方近くに鷲尾の家に戻る。建物に入ろうとすると、有田は牛乳瓶を持っている。
「あれ、アリス、いつ牛乳なんか買った?」
「これ、そこの家に置いてあったやつ。」
「取ってきちゃダメだよ。返してこい。」
「だって、みんなやってるよ。」
「やってないよ。ほら、早く。」
鷲尾は有田の持っている牛乳を返してきた。
 またある日曜日、この日は鷲尾にしては珍しく、会社に行かなくてもよい日だった。せっかくの休みなのに、有田は現れる。鷲尾が休みかどうかって、何で知ってるんだよ。
 ちょっと買い物があるからと、近くのクスリ屋へ行く。そこには、サトちゃんのおまけが付いた薬があった。有田は薬箱からサトちゃんを取り外し、カバンにしまおうとする。
「おいおい、万引きだぞ、それじゃあ。」
「だって、おまけだから、ただだでしょ。」
「薬買わなきゃ、サトちゃんくれないよ。」
「チェッ、つまんなーい。」
 その後、ビデオ屋でも有田はイタズラばかり。
「何、ビデオの札、取り替えてんだよ。」
「だって、面白いじゃん。」
「面白くないよ。このビデオ見ようと思って借りた人、違うのだったらつまんないだろ。」
「だって、前の彼氏だってやってたもん。」
弁護士のくせに人に迷惑をかけるとは…。
 また別の日、有田の悪事はその日も続いていた。
「今日、ネズミ取りでまた捕まっちゃった。」
「アリス、もう、点数ないんじゃない。」
「ないんだけど、平気。」
「何それ?」
「前の彼氏に頼んだから。」
弁護士に頼んで、警察のお偉いさんに賄賂を払って、違反をもみ消すことにしたのだという。
「それで、警察のコンピュータを操作して、違反を消してもらうの。」
「そんなことして大丈夫なのか?」
「一年経ったら、データ全部消えるから平気。」
「ふうん。」
 弁護士は依頼者の味方になるのは当然の仕事。交通違反したクライアントの罪をどうやって軽くするかが腕の見せどろこ。ところが、賄賂ってのはマズいんでないかい。まあ、ビデオ屋でイタズラするような奴だから、何でもありなんだろう。

トップページに戻る