不思議の国の有田
江戸仕草


第8回 お見合い

 渋滞を何とかクリア。目指すは宝石店、ジュエリー・ケムマキ。店に着くと、泣いたカラスがもう笑ったかのように、不機嫌だった有田もすっかりご機嫌。早速、有田は店内を物色し始める。
 店員がすり寄ってくる。いらっしゃいませ、どのような物をお探しでしょうか。
「この指輪なんですけど、見せて下さい。」
有田は指輪をショーケースから出してもらうと、薬指にはめてみる。
「鷲尾さん、どう。」
「ううん、いいんじゃない。」
「本当。じゃ、これにしようかな。」
「これだったら、自分で買ってね。」
「ねえ、だめなの?」
「だめ。」
有田は指輪を外すと、名残惜しそうにそこから離れる。その隣はネックレスだ。
「じゃあ、これはどう。」
「うん、いいよ。」
鷲尾は有田の合格前祝いとしてネックレスを買ってやった。
「どうもありがとう。」
「合格おめでとう。」
有田は、お礼にご馳走するからと、鷲尾をとんかつの店へ連れていくことにした。
 ジュエリー・ケムマキを出て、店を探すが、なかなか見つからない。
「この辺なんだけど。あ、あった。」
せっかく見つけたのに、店の前は長蛇の列。
「じゃあ、『千畳敷』のオムライスにしよう。」
そこから車を走らせ、千畳敷へ。車は当然のごとく路上駐車。
「鷲尾さん、後でミニパトが取り締まりやってないか、見に行ってね。」
 食事の間、十分おきに交代で店を出て、チョークが引いてないかを確認。こんなことしてないで、ちゃんと駐車場に入れろよな。だって、お金がもったいないじゃん。そういう問題じゃないだろ。
 食事が済み、店を出ると有田が
「鷲尾さん、あの店で変な話しないでね。」
「何だい。」
「もう、恥ずかしかったんだから。」
鷲尾は、人にたかってないで自分で働けと、当たり前のことを話したまで。何が恥ずかしいんだ。
「あそこのお店はすごく高級なの。人にたかるとか、そういうこと話す所じゃないのよ。」
自分がたかり屋だと認めたくないだけのことだ。
「ああ、そう。」
電話をするな、鍵を返せに対してどれだけのことをしたかって。話がふさわしくないって。普段は温厚な鷲尾も、顔には出さないがキレてしまった。
 送っていくという有田の申し出に対し、電車の方が早いからと、鷲尾は地下鉄の駅に向かった。
 郵政局での仕事が済むと、鷲尾のやることは決まっている。通話を切れにくくするには機種変更かもしれないけど、電話そのものを通じなくするには解約するしかない。携帯電話の量販店に入ると、使っている携帯を解約しようとする。
「お客さん、解約の理由は何ですか。」
「あのう、電話を通じなく…。」
「ああ、電話が通じ難いんですか。それではCDMAワンがお奨めですよ。」
 織田裕二が機種変更したスーパーデジタル、CDMAワンだ。鷲尾は早速、最新の携帯に買い換えた。前の電話番号にかけてみても、現在使われておりませんのアナウンス。よし。これで有田から携帯にかかってこないぞ。
 家に着くと、今度は自宅の電話機の設定を変更する。番号通知サービスを使って、有田の自宅や携帯からの電話をシャットアウトする。ISDN回線は故障中ですのアナウンス。よしよし。これで有田から家の電話にもかかってこないぞ。
 次の日は土曜日。会社に行く前に家の鍵を取り替えとかなければ。鍵屋さんを呼ぶと、ものの五分もしないで取り替え作業は終了。これで有田の合い鍵は使えない。家に入って来れないぞ。
 昼前から会社に行き、いつもよりは早く帰ってくる。帰ってしばらくすると、鍵穴に鍵を突っ込もうとする音がする。有田だ。しかし、鍵の形どころか、鍵の種類そのものを全く別のに変えてしまったのだ。そんなものが鍵穴に入る訳がない。鍵を開けるのを諦めたのか、今度はドアをノックする音。こんなこともあろうかと、呼び鈴のスイッチは切ってある。ガチャガチャ呼び鈴を押したところで、ベルは鳴らない。仕方なくドアをノックした有田であろうか。二分くらい強い調子でドアを叩く音は続いたが、それもおさまった。
 やっと諦めたか。鷲尾は胸をなで下ろす。窓から外を見ると、有田の車が帰るところだった。
 郵政局での会議が済むと仕事は一段落。有田への防御態勢も一応整えた。そんなある日、鷲尾は労働組合の副委員長と話す機会があった。
「鷲尾君は、彼女いないの。」
「探してるんですけどね。」
 副委員長が若かった頃は、組合主催で合コンやダンスパーティーをバリバリやっていた。数年前まではそれでもかろうじて続いていたのが、不況の影響か、ここのところやっていなかった。
「中学校の先生なんてどうよ。」
「ええっ、先生ですか。」
「だめか。それじゃあこっちだな。」
「こっち?」
「南山君って知ってるかな、船に乗ってる。」
「第二技術部の人ですよね。顔ぐらいは。」
「彼の奥さん、の妹さん。」
と言いながら、副委員長は懐から写真を出す。
「会ってみない。」
「これ、ひょっとして、お見合いですか。」
「うん、合コンのノリでいいよ。」
ふーん、と写真を見ていた鷲尾が
「あの、ひょっとして、明神高校ですか。」
「そうなんだよ。知り合い?」
「というか、妹も明神高校だったんで。」
「そうか、地元だもんな、鷲尾君。」
 鷲尾は写真の女性に見覚えがあった。妹のクラブのOBとかいったっけか。なるほどと、納得する鷲尾だった。

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