セミナーを受ければ、極端に言えば何でもできる。金持ちになったり、幸せになったり。そうそう都合よくいくもんか。定説は狂ってるし、悪魔払いも怪しい。不審な点は沢山あるぞ。
そして三日後、山沢はセミナーから帰ってきた。セミナーに行く前に『自己啓発セミナー』という本を読んで、とりあえず命までは取りそうもないことを確認してはいたが。とにかく、ミイラ取りがミイラにならず、無事であった。早速、クローバー電器の社長に報告。
「山ちゃん、どうだった。」
「あ、セミナーは別に平気でした。」
象の鼻のセミナーは三段階に分かれている。第一段階は会社の新人研修でもやりそうな内容で、それほど怪しくはなかった。その後、第二段階、第三段階と進むと、マルチ商法に走る奴や、象の鼻の幹部になる奴もいるようだが、とりあえず第一段階で帰ってきた。正司も第一段階しか行ってないし。
「そうか。それで、何か手がかりは。」
「手がかりはないけど、大丈夫ですよ。」
「誰か、関係者でもいたのか。」
「いました。犯人はすぐ捕まりますよ。」
関係者といっても正司と顔見知り程度の奴がいただけで、犯人がいた訳でもない。それだけ言うと、山沢は意気揚々とクローバー電器を後にした。
伝言ダイヤルで知り合った娘に、肌にいい薬だと言って睡眠薬を飲ませる。そして、乱暴した挙げ句に冬空の下に放置。そして凍死。その犯人が、正司のいたサークルの会長、竹崎。そいつは他にも色々な薬を持っていた。ひょっとして家にある風邪薬も関係あるのか。原田の家に行ってみる。
「原田君、これだよ、例の薬は。」
原田は医療関係の仕事をしていて、薬にも詳しい。原田なら分かるのではないか。
「この瓶は、市販の風邪薬みたいだけど。」
「ちょっと見せて下さい。」
原田は瓶の中の錠剤を見て
「メーカー名が入ってますね。」
「やっぱ、市販品?」
「あれっ、これは医者でもらうやつだな。」
「医者の薬って、市販の瓶に入ってるの?」
「山沢さん、いいところに気が付きました。」
原田は机の上から『医者でもらった薬が分かる本』を取り出し、調べ始めた。
「やっぱり、これ、風邪薬ですよ。」
普通の風邪薬だった。しかし、なぜ市販薬の瓶に入れてあったのだろう。
「やっぱり、竹崎かなあ。」
「誰ですか、その竹崎って。」
「あの、伝言ダイヤルで死んじゃった事件あるじゃん。」
「知ってます。死んだ娘、JAの職員でしょ。割と可愛かったですよね。」
「あの、犯人だよ。」
「そんな奴が、正司君の友達なんですか。」
「よし、竹崎の所に行くぞ。」
「そいつ、今頃ムショの中じゃないですか。」
「それもそうだ。」
家に帰ると、警察から電話。竹崎の持っていた薬の一部が正司の所に流れていたらしい。風邪薬を沢山飲ませるなんて、どこの飲食店経営者だ。これを飲めば風邪も一発で治るよ、と煽ったのか。一度に沢山飲めば効き目も早い、とでも言われたのだろうか。参考のため、薬の瓶を警察に渡しておいた。
野馬、原田と三人で話し合う。原田が
「この線で行くと、その竹崎が怪しいな。」
「それじゃあ、Y2Kは何なんだ。」と山沢。
「だんご3兄弟とたいやきくんは。」
薬に詳しいからって、そう決めつけるなよと野馬。
「その辺は関係ないんじゃない。」
状況を整理すると、風邪で一週間仕事も休んでいる。そこへ竹崎が現れ、大量の風邪薬を飲ませる。それで死んでしまえば、保険金ががっぽり。待てよ、竹崎は保険なんて掛けてないし。じゃあ、友達だからと薬を渡しただけなのか。
「もし、竹崎が犯人だとしたら。」
「でも、無理矢理飲ませた訳じゃないだろ。」
「それに、保険を掛けてたのは会社じゃん。」
竹崎の薬がきっかけでフラフラになったことは間違いないだろう。しかし、その目的は何だ。どいつもこいつも犯人に思える。いや、ただの事故か。象の鼻自体は、人殺しはしないようだし。
推理に行き詰まってもう何日。調べれば調べるほど、怪しい奴が出てくるし。そんなある日、山沢の下に電子メールが届く。
『何事も行動が基本です。教育、受験、頭でっかちに実践できるのでしょうか。宗教、セミナー、何かにすがって解決できるのでしょうか。趣味、サークル、遊んでばかりで実現できるのでしょうか。会社、ビジネス、労働を切り売りしても資本家の思うつぼではありませんか。』
行動が基本?何をするんだ。どうせ、ネズミ講か何かのチェーンメールだろう。山沢は特に気にもとめず、そのメールを削除した。
次の日も同じ所からメールが来ていた。
『死んで幸せになるのでしょうか。今日一日を感謝の気持ちで過ごすことはできないのでしょうか。選挙で世の中が変わるのですか。』
今度は宗教じみてるけど、宗教にすがるなとか昨日は言ってたんじゃないか。
そして次の日、山沢がインターネットに接続してメールを見ようとすると、なかなかメールのダウンロードが終わらない。あれ、どうなってんだ。よく見ると、メールの件数が一五二三件!
「うわー、こいつ、何だよ。」
メールボックスはそいつからのメールで満杯だったのだ。悪質な嫌がらせだ。でも、誰がこんなことをするんだ。チャットや掲示板でケンカしたこともないし。プルルル。携帯が鳴る。
「はい、山沢です。」
「信濃です。」
「おう、信濃君。セミナーは平気だったよ。」
「それは良かったです。でも、大変です。」
「どうした。」
「Y2Kが動き出しました。」
つづく (C)二〇〇〇 星 期一