メビウスの輪
 星 期一


8.盗聴

Y2Kって、例のウィルスだろ。」
「そうなんですよ。」
「俺も、パソコンの中身が消えちゃったんだ。」
 二千年問題、それに便乗したウィルス、そういったものがはびこる中、山沢のメールボックスはパンク状態だった。ここ一週間、嫌がらせのメール、いわゆる『スパムメール』が沢山送られてきていたのだ。そこで、インターネット会社に設定を頼んで、スパムメールを削除するようにした。これで大丈夫だ。設定できたかな。昨日、メールをチェックしてみた。そこにはメールの山はなく、二通のメールだけがあった。
 あ、メールの設定が出来たんだな。ほっと一息。改めてメールの題名を見る。一通は
『スパムメール拒否の設定について』
インターネット会社から、設定しましたというお知らせだった。もう一通は
『愛してます』
「何だ、愛してるって。」
そんなメール送ってくるのって誰だよ。
「あ、やべえ。これ、ウィルスじゃん。」
慌ててそのメールを削除した。
 次の日、パソコンを立ち上げると、ピーとエラー音。どうしたんだ。調べてみると、ハードディスクの中身が全て消えていた。アチャー、昨日のウィルスだ。幸い、二千年問題対策でバックアップを取っておいたので、元に戻すことが出来たのだったが。
「Y2Kはウィルスだけじゃなくて、ハッカーもやってるみたいなんですよ。」
だんご3兄弟のホームページもボロボロに荒らされていたらしい。
「ありがとう。また連絡するよ。」
山沢は電話を切った。
 ちくしょう、Y2Kの野郎。山沢はクローバー電器へ電話する。
「おい、山ちゃん、ウィルス送ってくるなよ。」
「え、すぐに削除したんですけど。」
「そうかよ。こっちはウィルスバスター使ってたから、平気だったけどな。」
例の『愛してます』は、知らない間に増殖して、勝手にあちこちに送られてしまったようだ。
「何か分かったら電話くれよ。」
「はい、どうもすみません。」
クローバー電器との電話が終わると、すぐに携帯がピピッと鳴る。あ、ショートメールだ。
『もうやめろ。手を引け。』
犯人からのメールか。早速、野馬に電話する。
「山沢さん、『愛してます』で大変だったらしいですね。」
「何で知ってるの。」
「俺の所にもメール来ましたよ。」
「それは申し訳ない。」
「俺のは携帯だから、ウィルスは平気でした。」
「そうか。」
「愛してますって、どこの女かと思いました。」
野馬との電話を切ると、すかさず電話が鳴る。
「はい、山沢です。」
「………。」
「もしもし、誰ですか。」
ガチャン。そして電話は切れる。
「何だ、無言かよ。」
携帯には再びショートメールが入る。
『のうま君、愛してる。』
おいおい、さっきの電話の内容か。今度は携帯が鳴る。川下からだ。
「今、Eメール来たんですけど。」
「何の話ですか。」
「メールに書いてあったんですけど、信濃君と、野馬君と電話したんですか。あと、クローバー電器と。その後、無言電話ですか。」
「もしもし、それ、そうだけど、何、一体。」
山沢が信濃、クローバー電器、野馬と電話していたことを知っているのは野馬だけ。その後の無言電話とショートメール、そして川下へのEメールが野馬からなら、単なるいたずらだろう。しかし、もし違ったなら、山沢の行動が見張られているのだろうか。川下が突然
「盗聴じゃないですか。」
「え、盗聴?」
盗聴、ハッカー、インターネット、山沢の頭の中を色々な言葉が駆けめぐった。
「だって、野馬君、パソコンないでしょ。」
「携帯からもメールは送れるんじゃない。」
「メールの発信元が、携帯じゃなくて…。」
「悪いけど、そのメール、転送して下さい。」
どうも、ハッカーのオタク野郎につけ回されているようだ。盗聴されてるみたいだし。
 盗聴といえば、元探偵のクローバー電器だ。電話するとこれも盗聴されるから、クローバー電器へは連絡もせずに行った。
「これが、盗聴器発見器だ。」
「あ、これ、テレビで見たことあります。」
「そうよ、俺が作ってるんだから。」
クローバー電器では探偵や警察の依頼を受けて、そんなものまで作っているのだ。
「じゃ、調べてみよう。」
山沢の家に行き、発見器のスイッチを入れる。部屋に入るとメーターの振れが大きい。
「ちょっと聴いてみな。」
レシーバーに付いたイヤホンを渡される。
「どうだ、山ちゃん。」
イヤホンからも、同じ声が聞こえてくる。まさしく盗聴器だ。盗聴されていた事実が分かり、思わず緊張する。山沢が何か言おうとすると、クローバー電器の社長は人差し指を口の前に当て、黙って、の仕草。しばらくして、盗聴器発見。
「よし。」
社長は二股コンセントを差し込みから引き抜いた。
「ほら、聞こえなくなっただろ。」
「あ、本当。」
こんなコンセントの中に盗聴器が入っているのか。
「ところで、この二股、どうしたのよ。」
誰かが忍び込んで取り付けた様子はない。
「これ、この間、何かと一緒に買ったやつだ。」
「どこで買ってきた?」
「あ、あれだ。充電器。」
   つづく    (C)二〇〇〇 星 期一

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