メビウスの輪
 星 期一


9.例の車

 盗聴電波は二股コンセントから出ていた。そのコンセントの入手経路を調べれば、犯人は分かる。
「何だ、その充電器って。」
山沢はインターネットの個人売買で携帯電話の充電器を買っていた。送られてきた荷物の中に、そのコンセントも一緒に入っていたのだ。
「メールアドレスは。」
急いでパソコンを立ち上げる。だんご3兄弟から転送してもらったメールのアドレス、充電器を買った相手のメールアドレス、同一ではなかったが、同じインターネット会社のもの。こいつが犯人か。
「そのだんご何とか、パソコン詳しいのか。」
だんご3兄弟はホームページは作っているものの、ハッカーをやるほどパソコンに詳しくはない。
「だんご3兄弟は、普通ですよ。」
「そうか。」
パソコンを立ち上げたので、メールをチェックする。お、何か来ているぞ。
『ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。愛してますメールは、フィリピンの学生が送ったI LOVE YOUのパクリです。真犯人は別にいます。私は便乗犯なので、殺される前に手を引きます。』
「これ、QUIZかよ。」
差出人のアドレスは、充電器を買った奴だ。盗聴器を仕掛けたのはこいつに間違いない。もう一通はだんご3兄弟からだ。
『真犯人が警視庁のサイバー刑事に捕まりました。詳しくは以下のURLを見て下さい。』

 各省庁やインターネットプロバイダのホームページを改竄したり、ウィルスを送りつけていた十七歳の少年が逮捕された。警察の調べに対し少年は、警視庁のコンピュータに進入してみたかったと答えている。

 ネットストーカーやY2K、ハッカー、色々あったけど、結局、正司の死とは全く関係なかった。盗聴器を仕掛けた奴も、単なる便乗犯だった。
「また、振り出しに戻りましたね。」
「振り出しも何も、ハッカーだか何だか。」
 クローバー電器の社長が帰ってしばらくすると、山沢の携帯が鳴る。番号表示がない。
「はい、山沢です。」
「また、振り出しに戻りましたね。」
山沢が話していたのと同じ言葉だ。
「もしもし、どなたですか。」
「いい加減、手を引きなよ。」
「一体、何ですか。」
「盗聴器は他にも仕掛けてある。ご忠告だ。」
ガチャッ。電話は切れた。
 一体、盗聴器を何個仕掛けているのか。こんな高度な技術を持っているということは、組織的犯行ではないのか。コスモスペースと象の鼻、やはり怪しいのはこの二つだ。どっちだろう。両方だ。
 盗聴されていることを警察に届けようとする。しかし、被害がないと取り合ってもらえない。お前、人が死んでからじゃ遅いんだぞ。それどころか、正司だって殺されたのかも知れないし。
 警察からの帰り、駅前を通ると声をかけられた。
「すみません。」
何かの署名のようだ。
「はあ。」
「難民を救うための署名なんですが。」
署名用紙を見ると、取り扱い団体名が『菜の花の会』となっている。こいつはコスモスペースが関係してるヤバイ団体じゃんか。
「あ、お断りします。」
既に象の鼻と関わっているんだ。これ以上怪しい奴らと関わってられるか。
「難民を救ってあげたいと思わないんですか。」
何て言いぐさだ、救ってやるなんて。
「あなた方が集めた募金、どこへ行くかご存じなんですか。」
「平和のために使われるんですよ。」
「平和って、ミイラになることなんですか。」
山沢が相手としばらくやり合っていると、その仲間が一人現れた。
「行きましょう。」
仲間は山沢と話していた奴を連れていこうとする。山沢と話していた奴は、まだ何か言いたそうだ。
「お前なんか死んじまえ。」
結局、捨て台詞を残して行ってしまった。平和ってのは、やはり死んでミイラになることらしい。
 家に帰り着くと、マンションのすぐ前に車が停めてある。邪魔だなあと思いながら、マンションへ入っていく。
 次の日、山沢が仕事から帰ると、同じ車がまた近くに停めてある。どこの家の奴だよ、ここに停めてるの。車の中を覗くと、シートを倒して人が寝そべっている。何だ、いちゃつきやがって。こんな所でやらないで、公園でもホテルでも行ってくれよ。
 それから毎日、その車は来た。会社に行く時にはいなくなっている。夜中に部屋の電気をつけると、慌てて逃げていくようでもある。
 会社からの帰り、本屋へ寄る。買い物を済ませて外へ出ると、駐車場には山沢のマンションの前にいつも停まっている車。あれ、こいつ、いつもの車か。ナンバーを見ると、やはりそうである。まさか。無言電話、迷惑メール、全くなくなった。盗聴器が仕掛けてあるといいながら、敵は何も言ってこないが。ひょっとして、山沢のことを監視しているのか。だとすれば、近くに来て、盗聴電波を受信しているのに違いない。
 マンションに戻ると、例の車は停まっていない。ところが、部屋に戻ってカーテンの陰から外を見ていると、案の定、例の車はやってきた。山沢は野馬に電話する。
「もしもし、野馬君。」
「あ、山沢さん。今晩は。」
「明日、こっそり象の鼻に行って来るから。」
「山沢さん、気を付けて下さいね。」
 盗聴器を発見した場合、盗聴がばれたことを盗聴している相手に悟られてはいけない。そして、全く気づかぬ振りをしながらでたらめの情報を流すという手もある。山沢は裏をかくつもりなのか。
   つづく    (C)二〇〇〇 星 期一

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